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京都地方裁判所 昭和25年(ワ)258号 判決

原告 正玄久男

被告 池垣岩太郎

一、主  文

被告は原告に対して金十万円と之に対する昭和二十四年五月十七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は全部被告の負担とする。

この判決は原告が金三万五千円の担保を供するときは勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

二、事  実

「当事者の申立」

原告訴訟代理人は「一、被告は原告に対して金三十一万四千三百八十一円と之に対する昭和二十四年五月十七日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。一、訴訟費用は全部被告の負担とする」旨の判決と担保を条件とする仮執行の宣言を求めた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

「当事者の主張」

一、原告訴訟代理人は請求の原因として次のとおり陳述した。

(イ)  原告は昭和二十四年五月十四日原因不明の高熱に冒されて約一週間その状態を続けたがその間五月十五日医師である被告の診察を受け翌十六日下熱剤として二五%強キニーネ液二ccの注射を左右臀部に受けたところ約二時間経て左足首が痺れ歩行困難となつたのでその症状を被告に訴えたところ別段心配ないからということで引続き被告に任せ治療に努めた結果同年六月四日頃から漸く平熱に復したが、左足の痛みは益々はげしく夜間安眠も出来なかつたので同月六日京都府立医科大学神経科において診察を受けたところ病名は「左腓骨神経不全麻痺であつてその原因は前記被告の注射に当つて注入された二五%強キニーネ薬液のため神経が冒されたものであることが判明した。

(ロ)  原告は前記のように府立医科大学病院で左腓骨神経不全麻痺と診断されその際手術すれば治るかも知れないと云われたので同年六月二十日から七月四日まで入院してその間六月二十二日に手術を受けたが退院後症状に変化がなかつたので更に京都大学附属病院で診察を受けたところ、右府立医大の場合と同一診断の下に手術をすすめられ、同年七月十九日より八月六日まで入院しその間七月二十九日に手術を受けたが退院後も依然同じ症状で左足首から先は全く麻痺して自由が利かず跛となり将来治癒の見込はない。

(ハ)  右は偏えに被告医師の過失に因るものである。

すなわち凡そ医師は濃度の高い強キニーネ溶液などのように神経に対して猛烈な毒作用を及ぼす薬液を注射する場合には薬液が患者の太い血管や神経に射入されないように特に慎重を期し、安全な注射部位を選ばなければならないのであつて、本件のように二五%強キニーネ液を左右臀部に注射するにあたつては被告医師は身体中の最大神経である坐骨神経を冒さないように神経から遠ざかり従つて充分安全とされているグロス三角部(腸骨前上棘と肛門溝上始部とを結んだ線上において外三分の一と内三分の一との中間部即ち二者の境界部)を選びなお最善の注意を尽して注射すべきであつたにも拘らず、医師としての注意義務を怠り、注射部位を誤つた結果薬液が神経を冒して「左腓骨神経不全麻痺」を惹起したものである。

(ニ)  原告は当時京都市西京大学庶務係長の職にあり三十六才の働き盛りで母、妻子、妹八人の生活上の中心としての地位にあつたが、かかる不具になつたことは原告にとり真に償うことのできない苦痛である。

(ホ)  被告は右過失行為によつて原告に与えた損害の全てを賠償すべきであるがその内原告が入院手術などに要した費用については既に被告から金六万円の支払を受けているから本訴においては原告の受けた精神的苦痛の慰藉のみを求める。即ち原告の精神的苦痛を一日金五十円の割合で一年間金一万八千二百五十円とし、大正三年五月七日生の原告が六十四才(日本人完全平均命数表による)までなお二十八年間生存するものとしてホフマン式計算法により本訴提起の日(昭和二十五年三月二十八日)に引直した金額である金三十一万四千三百八十一円と之に対する本件損害発生の日である昭和二十四年五月十七日から完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告訴訟代理人は答弁として次のように陳述した。

(イ)  原告請求原因中(イ)項につき

原告が原因不明の高熱に冒されて昭和二十四年五月十五日医師である被告の診察を求めた結果被告が原告に対して二五%強ベグノン液(原告主張の強キニーネ液と同一物である)二ccを左右臀部に注射したことは認める(もつとも右注射の日時は五月十六日と十七日の二回である。)

しかし原告が注射後二時間程経てから左足首が痺れ歩行困難を来して翌日被告にその旨訴えたとの事実、原告の「左腓骨神経不全麻痺」の原因は右注射液が神経を冒したために惹起されたとの診断が京都府立医大、京都大学病院において、それぞれなされたとの事実は何れも否認する。すなわち原告の右症状(左腓骨神経不全麻痺)と本件注射との因果関係はない。

(ロ)  請求原因(ロ)の事実中

原告がその主張のように左腓骨神経不全麻痺のため京都府立医科大学附属病院、京都大学附属病院でそれぞれ入院手術を受けたことは認めるが、現在跛となり将来治癒の見込がないとの事実は否認する。

(ハ)  請求原因(ハ)項は全部否認する。仮に被告のなした注射とその後惹起された原告の上記「神経麻痺」との間に因果関係ありとするも被告は誠心誠意医学の精髄を傾けて治療に専心したのであり、原告主張のような医学上の過失は全くない。原告の述べている「グロス三角部」については固より医師たる被告の熟知するところで本件においても被告は正にこの部位に注射を行つたのである。被告は昭和八年京都大学医学部卒業後同学部松尾内科において研究に従事し、同十三年医博の学位を受け、同十四年八月から肩書地で開業し、現在に至るまでの間、戦時中一時応召により中支、ビルマ国などで軍医として勤務するなど患者に対する強キニーネ(二五%二cc)の臀筋注射の経験は数百回の多きに及んでいる。グロス三角部は学説上、臨床上最も安全度の高い部位とされているので被告は長い診療生活を通じて常にこれを厳守し、三-四糎の深度で注射を行つて来たのであつて、これまでの経験上未だ一度も神経麻痺、下肢機能障害を惹起した例はなく、本件臀筋注射に際しても被告は右長期の経験に基いてグロス三角部内に最も安全度の高い三-四糎の深度で注射を行つたのである。従つてこの方法で注射が行われた場合には神経に薬液が射入されることは全くありえないことである。なおこの点について原告は当初「被告は……注射すべき部位を誤り神経に二五%強キニーネを射入し原告を不具ならしめるに至つた……」と主張し、後に至つて(昭和二十六年十月四日口頭弁論期日)右主張を「被告は……注射すべき部位を誤り二五%強キニーネを注射した結果神経を侵し左腓骨神経不全麻痺を惹起せしめ……」と変更したことは一種の自白の撤回であるから異議がある。

更に一般に医師が安全部位に如何に注意を払つて注射しても、なお且薬液が神経を冒す場合(不可抗力の場合)があり得る。即ち稀にではあるが患者が偶々神経周囲淋巴路の特によくはたらくような特異体質の持主である場合は適当に注射しても薬液によつて神経が冒されることは避け得ない。従つてかかる場合のある事を無視して、本件注射によつて原告の「左腓骨神経麻痺」が惹起されたというから直ちに被告の過失を推断しようとする原告の主張は誤りである。

(ニ)  請求原因(ニ)の事実については全部不知。

(ホ)  同(ホ)の事実につき被告が入院料、手術料の費用として原告に対して金六万円を手渡した事実は認めるがその他は全部否認する。

右金員の手交は原告が被告宅に来て入院料、手術料として約六万円を要する旨を被告に告げると共に家庭の経済的困窮を縷説して救済を乞うたので、被告は一個の人間として抱いた「ヒユーマニズム」の発露として愛蔵していた関雪外三幅を売却して得た金員を与えたものであり、医学的過誤を認めて実費を弁償したものではない。のみならず原告は健康保険患者として入院、手術一切を受け、その費用の大部分は共済組合保険金から支出され、原告の支出は僅かに専用病室負担金(一日約百六十円)を府立医大病院において十三日分、京都大学病院において十一日分支払つたに過ぎないのであつて被告は原告の詐欺的請求により右の金員を交付したものである。

(ヘ)  以上を要するに原告の「左腓骨神経不全麻痺」症は被告の本件注射によつて惹起されたものではない。仮に因果関係があるとしても被告としては本件注射にあたつて長年の経験に基き医師としての注意義務を充分尽したのであるから何等過失の責任を負うべき理由はない。よつて原告の本訴請求は失当であるからその棄却を求める。

三、証拠<省略>

三、理  由

原告が原因不明の高熱のため昭和二十四年五月十五日医師である被告の診察を求め、被告が原告に対して二五%強キニーネ二ccを左右臀部に注射した事実及び原告がその後主張日時に「左腓骨神経不全麻痺」の病名で京都府立医大、京都大学の各附属病院に入院手術を受けた事実は何れも当事者間に争いがない。

原、被告本人尋問の結果を綜合すると原告は昭和二十四年五月当時西京大学庶務係長の地位にあり勤務多忙であつたところ同月十四日頃四十度近くの高熱を発し、被告医師より同月十六日に右臀部に、翌十七日左臀部にそれぞれ上記二五%強キニーネ二ccの注射を受けたが左臀筋注射後二時間程経てから左足首が痺れ歩行困難となり翌十八日被告にその症状を訴えたが、はつきりした診断がつかないままに被告の往診はその後原告が六月七日頃平熱に復するまで続けられたが左足の麻痺症状は一向に治らないので、その後京都府立医科大学、京都大学病院において診察を受けたことが認められる。

証人竹友隆雄(第一、二回)、同久保{日立}二郎の各証言及び右各証言によつて真正に成立したと認められる甲第一号証(診断書)、同第二号証(同上、尤も官署作成部分については争いがない)によれば京都府立医大、京大各病院では何れも前示原告の入院治療に際して、その病名が「左腓骨神経不全麻痺」であつて、その原因は被告が原告の左臀部に注射した二五%強キニーネ二ccの薬液が神経を冒したためである旨診断したことが認められ更にその診断は京大病院での再度の手術の結果充分確認されたことからも原告の神経麻痺症状が被告の左臀筋注射によつて、薬液が神経を冒した結果惹起されたものであることは明らかである。

上記各証拠の外原告本人尋問の結果を綜合すると原告の右麻痺症状は再度の入院手術の外各種治療を施したにも拘らず症状にさしたる変化はなく将来治療の如何によつて多少良くなることはあつても、その麻痺症状及び歩行困難は完全治療の見込がないことも認められる。他にこの認定を覆すべき証拠はない。被告は原告の前記因果関係(注射と麻痺症発生との)に関する主張につき、原告が当初「被告は……注射すべき部位を誤り神経に二五%強キニーネを射入し原告をして不具ならしめるに至つた」と述べながら後に至つて「被告は……注意すべき部位を誤り二五%強キニーネを注射した結果神経を侵し左腓骨神経不全麻痺を惹起せしめ……」と主張を変更したことは一種の自白の撤回であるから異議があると述べるが、被告は薬液の神経への射入については否定しているので両当事者間に自白とされるための陳述内容の合致は存しないし又原告の主張には自白となるべき何等不利益な事実をも含んでいないから、かかる原告の主張を以て自白とするのは当らない。従つてかかる主張の撤回はそれ自体自由であり、相手方の同意を要するものではないから被告の異議は理由がない。

次に原告の神経麻痺症状が被告の本件注射行為によつて惹起されたものであるにしても原告主張のように被告において医師として要求される注意義務を怠つたために惹起されたのかどうか即ち被告の過失の有無が明らかにせられなければならない。竹友証人の証言(第一回)及び甲第二号証によると、原告が昭和二十四年七月二十九日京大病院において受けた手術は原告の左坐骨神経の側方に弾性硬の瘢痕組織が生じており、この瘢痕と坐骨神経側面との強い癒着を剥離したものであつて同手術の際見出された瘢痕の位置等から注射針の尖端が坐骨神経の殆ど近くまで達していたことが認められる。また同証人の証言(第一、二回)、証人久保{日立}二郎の証言及び荒木鑑定人の鑑定の結果を綜合すれば極く稀にではあるが患者が異常体質の場合にはたとい神経の近くに注射しなくても淋巴路或は毛細管から薬液が吸収されて神経を侵すことがあり、この場合は医師が如何に注意を尽しても避けえないが通常の場合は医師として本件の如き注射に際しては、これまで安全とされて来たグロス三角部を選び針の深度、注射時の筋肉の収縮工合等、針が神経に近接しないように技術上の注意をした上で注射を行うならば本件のような結果は生じないと認められる。従つて右に不可抗力とせられる場合を除いては本件のような神経麻痺は医師が注射に当つて、安全部位以外に行わないように、安全部内に注射したとしても深度が適当なように、又筋肉の収縮によつて針の方向が神経に近接しないように注意すべきであり、かかる注意を尽せばその発生は避けられることになる。被告は本件注射に当り最善の注意を尽し多年の経験に基いてグロス三角部内に三-四糎の深度で注射を行つたと主張し、被告本人はこれに添うごとき供述をしているが右供述はにわかに措信し難く、その他に被告が万全の注意を払つたことを認めるに足る証拠はない。果して然らば原告が前記認定のごとく甚だ稀にみられる神経周囲淋巴路毛細管の特によく作用する特異体質者であるとの反証がない限り、本件結果は被告が安全部位以外に注射したか或は安全部内に行つたとしても如上注意を怠つたために惹き起されたものと推認せねばならない。すなわち被告において本件が不可抗力に因ることの証明をなさない限り、一般的に不可抗力の場合がありうる事のみでは何ら右過失の認定の妨げとはならない。

原告は上記認定の如く左腓骨神経麻痺を来して以来府立医大、京大病院に入院手術を受けた外極力治療に努めたにもかかわらず現在のところ、全治の望みのない生涯不具の身となり、日常の起居進退のみならず、社会生活上にも測り知れない支障を来すべきことを考え合せるとその精神的な苦痛は償い得ないものがあろうと察せられる。右苦痛は被告の過失行為によつて招かれたものであるから当然被告において之を慰藉すべき責任があるが、その数額について考えると原告本人の供述によれば原告は当三十八才で昭和二十六年九月より京都府衛生管理係長の職にあり月収約一万八千円であつて、その他自宅土地の不動産約四十万円相当を有しており妻、子供二人、母及び妹三人の生活費を負担している事が認められる。他方被告本人の供述によれば被告は昭和八年京都大学医学部を卒業し、研究期間を経て昭和十三年医学博士の学位を受け昭和十四年より(その間昭和十二年より昭和十四年まで、昭和十六年より昭和二十一年までいずれも軍医として服務した。)肩書地において開業し、内科レントゲン科を専門としていることが認められる。

以上原告の年齢、家庭環境、社会的地位、経済状態の外、被告の社会的地位、本件発生の経過及び被告が原告の入院料、手術料等の費用として既に金六万円を原告に交付した当事者間に争のない事実など併せ考えると原告の蒙つた精神的苦痛は金十万円を以て慰藉されるのが相当である。よつて被告は原告に対して金十万円と之に対する本件発生の日である昭和二十四年五月十七日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべきであるから原告の請求はこの範囲において相当として認容してその余を棄却し、訴訟費用の点につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文の通り判決する。

(裁判官 青木英五郎)

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